看護師として新薬の開発に関わる「治験コーディネーター」の業務とは?
医療は常に進化していて、薬もそれに見合ったものが必要とされます。ただ、いくら新薬を開発しても、その有効性や安全性を確認できなければ世の中へ送り出すことはできません。そのチェックをし、国から承認してもらうために行う試験のことを「治験」と言います。そして治験を総合的に統括する役目の人を「治験コーディネーター」といい、この役割を担う存在として看護師の資格を持つ人が求められています。
治験とは?
新薬を国から承認してもらうための臨床試験
さまざまな製薬会社などが、薬の候補となる物資を発見したり、生み出しますが、それを「薬」として世の中に出すためには、いくつかの段階を踏む必要があります。まずは動物実験などによる、「非臨床試験」を行い、その物質の有効性(効き目)と、安全性(副作用)についてチェックします。
非臨床試験で効果や毒性が確認されたとしても、それが「人」に対して同じ結果をもたらすかどうかはわかりません。そこで次の段階で行われるのが、人での有効性や安全性を確かめる「臨床試験」です。そして、その臨床試験において、厚生労働省から定められた基準(GCP)に従って行われる、「薬」の承認を得るための試験を「治験」と言います。
この厚生労働省の定めた基準には、治験の実施内容は国に届けること、同意が得られた患者に対してだけ実施することなどの決まりが設けられています。さらに、治験を行うにあたって作成した「治験実施計画書」の通り実行すること、重大な副作用が発見された場合はすぐ国に報告することなど、厳しいルールが設けられています。
治験は、少数の健康な成人を対象に安全性を確認する「第Ⅰ相臨床試験(フェーズ1)」、少数の患者を対象に効果と毒性を調べる「第Ⅱ相臨床試験(フェーズ2)」、多数の患者を対象にし、現在使われている薬などと比較、検証して安全性を確認する「第Ⅲ相臨床試験(フェーズ3)」の3パターンに分かれます。
それぞれの治験に参加してもらう患者に対しては、医師から十分な説明を行う必要があります。そして患者側も内容をよく理解した上で、本人の判断により、治験に参加することに同意(インフォームドコンセント)し、初めて参加が決定します。当然ながら、参加する患者の人権及び安全は最大限尊重し、秘密は保守される必要があります。
治験終了後は、検査のデータ等をまとめ、国に対し承認申請を行います。それが認められると、初めて新しい医薬品として販売することができます。
治験において看護師が求められる役割とは
治験コーディネーターという業務
治験において看護師に求められる役割の一つに、「治験コーディネーター(CRC)」という業務があります。その名の通り、治験業務を行う現場において、全体を統一し、スケジュールを円滑に進めるコーディネーターとしての役割を担う人のことです。
治験は製薬会社が医療機関に依頼して行うことがほとんどです。そのため、治験コーディネーターは製薬会社と医療機関、そして患者(被験者)との間に立ち、トラブルが起こらないようコントロールする必要があります。さらに治験を行うスタッフ同士の連携もスムーズにし、スケジュールの遅れが出ないよう図らねばなりません。新薬をこの世に送りだすためには、治験コーディネーターの役割は大変重要なポジションです。
治験コーディネーターの具体的な業務内容
キックオフ・カンファレンスの準備
治験をスタートする際は、その前に製薬会社が主催するカンファレンスに出席します。ここで、今回の新薬の内容や、モニタリングの方法を知ります。このカンファレンスは「キックオフ・カンファレンス」と呼ばれます。出席者は製薬会社を始め、医師、看護師、薬剤師、SMO関係者、治験事務局などです。
このカンファレンスは、主催は製薬会社であることがほとんどですが、その資料作りは治験コーディネーターの業務です。そのため、ある治験に参加するとなると、まずこのカンファレンスの資料作りから業務が始まると言ってよさそうです。カンファレンスでは司会を任されることもありますが、治験内容と役割分担を説明することで終わることが多いようです。
書類準備やスケジュール管理を主とするデスクワーク
治験コーディネーターは基本的にデスクワークが主となり、治験に必要な資料や書類を作成、準備や、試験で得られたデータを管理し、チェックを行います。
また、検査を行う施設の予約を取ったり、治験に関わる医師、薬剤師、検査技師などチームのスケジュール管理も行う必要があります。
患者の精神的サポートと病院回り
治験全体の流れをスムーズにするためには、被験者の精神的な不安は解消しておく必要があります。医師から医薬品についての説明は行われますが、治験コーディネーターは病院を回って、被験者が寄せる質問、疑問へ回答し、時にはもう一度治験についての内容説明をして不安を解消したりと、精神的なサポートをする役割も担います。
また、治験を行っている間、看護師として患者の体調の変化にも気を付けていなければなりません。
治験コーディネーターとして働くには
治験コーディネーターの就職先や必要な資格の有無
看護師から治験コーディネーターに転職する場合、その就職先にはどういったところがあるのか、あるいは、その仕事をするために必要な資格があるのかどうかについても調べてみました。
病院かSMOのどちらかがほとんど
治験コーディネーターとして働く場合は、治験が行われる病院か、SMOと呼ばれる治験コーディネーターを派遣する民間のサービス会社に所属するかのどちらかがほとんどです。
病院の場合は、治験を行うにあたって医療設備が十分で、責任を持って実施できる医師・看護師・薬剤師とともに内容を審査する委員会が存在し、緊急の場合には対応できる制度が整っている、などの一定の条件を満たしたところになります。また、こうした病院に治験コーディネーターとして採用された場合は、多くの場合調剤や看護業務と兼任になります。もし治験専属である場合は、パート・アルバイトとして扱われることが多いです。
SMOは「EP綜合」や「アイロム」などの大手から小規模の事業所を含めて全国におよそ100社ほどが存在します。治験コーディネーターとして働く場合は、そこから病院へ派遣される形になります。
看護師の資格があれば他には特に必要なし
「治験コーディネーター」はあくまで職種の名称であるため、資格試験はありません。ただし、その業務を行う上で医療・薬剤に関する専門知識は必要です。そのため、看護師という資格を持っている人を採用の条件にされることが多いです。資格を持っていれば、未経験でも可というケースもあります。
求められるスキル
治験コーディネーターとして働くために必要な資格は、看護師の資格があれば十分です。しかし、それとは別に求められるスキルもあります。例えば、治験に関わるスタッフ同士や被験者、医師との円滑なコミュニケーションをはかれる能力です。特に多忙を極める医師と上手に付き合って行けるかは治験をスムーズに進めるため、重要なポイントです。
治験に参加してもらう患者は誰でもいいわけではなく、その治験に合った人物を探さなければなりません。患者を探す方法としては一般公募の他、過去の被験者を対象にすることも多いですが、医師との付き合い方によっては、病院から紹介してもらえることもあります。症例数を増やすためには、こうした紹介を受けられるかどうかというところにも、治験コーディネーターとしての手腕が問われることがあります。
その他、治験の進行状態がどういった状態にあるか、あるいは今後どういった流れになりそうかを見極められる観察力、トラブルを未然に防ぐ判断力なども求められます。
治験コーディネーターのメリット・デメリット
看護業務に比べるとデスクワーク中心
治験コーディネーターの業務は病院などでの看護業務に比べると、はるかにデスクワークが中心です。それを踏まえた上で、メリット・デメリットを検討する必要があります。
土日が休める可能性が高い
看護師から治験コーディネーターに転職した場合、土日が休める可能性が高いことが大きなメリットとして挙げられます。特に病院などで看護業務を行う場合は、シフトやローテーションによって夜勤をする確率も高いです。治験は夜行われることはないため、夜勤の心配はせずにすみます。
また、治験コーディネーターの歴史はまだ浅く、これから製薬会社のアウトソーシング化がすすめば、ますますニーズが増えていくと考えられています。そうした将来性もメリットの一つとして考えられます。
ノルマが設けられる場合もある
反対にデメリットとして挙げられることは、場合によってはノルマが設けられるケースがあることです。この場合のノルマとは、症例数のことを意味します。つまり、治験に参加してもらえる患者の数を増やさなければなりません。
製薬会社の立場からすると、症例数が一定以上なければ新薬として認められないということがありますが、このノルマは所属するSMOから設けられるケースもあります。なぜなら、SMOにとっては「症例数×単価=売り上げ」だからです。つまり、症例数が多ければ多いほど、会社の売り上げもアップするため、できるだけ多くの症例数を確保したいのです。
さらに、中小規模のSMOの場合、全国出張が多いケースや、残業が発生することもあり、転職先によっては厳しい職場環境となる可能性もあります。
収入面では比較的安定
治験コーディネーターの給与は、一般的に月収30万円前後と言われています。勤続年数5年くらいになると年収500万円前後、大手の場合は700万円前後になるケースもあります。ボーナスも平均2~4か月分と、一般的な企業に比べると安定していることが多いです。ただし、中には出来高制というケースもあるため注意が必要です。
治験コーディネーターの求人を見つける方法
専門転職サイトでの募集が一般的
治験コーディネーターの募集は、ハローワークや求人情報誌で見かけることはほとんどありません。多くの場合は、看護師専門の転職求人サイトを使って募集が行われます。あるいは、医療業界誌のリクルート欄に掲載されることもあります。
離職率をチェック
最近職場環境によって、「ブラック企業」「ホワイト企業」と区別されることがありますが、治験コーディネーターとして働く環境にも、ノルマや残業面で一部「ブラック」なケースがあるようです。
一般的に「ホワイト」とされる企業では1年以内の離職率が20%ほどであるのに対し、「ブラック」と言われる企業では50%を超えることがあります。実際勤めるまで、「ブラック」か「ホワイト」かというのを判断することは極めて難しいですが、自分の中の一つのものさしにすることはできます。
募集内容はよく確認
病院勤務の場合は正職員と非常勤との採用の別があったり、SMOであれば出張の有無や給与の支払い方法でそれぞれの企業に差がある場合が考えられます。妥協せず、自分の希望に合う勤務先を吟味することが大切です。
看護師とは違うやりがいを感じられる可能性大
新しい医療を導き出せるかもしれない可能性をサポートする業務
一般的な病院勤務に比べると、治験コーディネーターはデスクワークが中心です。被験者となる患者の看護ケアは行いますが、それ以上に、治験をスムーズに進めるため全体を統括する役割を担います。
さらに、現場の看護師に求められる能力とはまた違う、「治験」という臨床試験を見通す観察眼や判断力、あるいは調整能力が必要とされる業務です。同じ「医療」に携わる業務ですが、現場の看護師が一人一人の患者を相手にするのに対し、治験コーディネーターの場合は、医療全体を相手にした業務と言えそうです。「新薬」を世の中へ送り出すサポートをすることにより、「新しい医療」が開ける可能性を高める、そんな助けとなりうる存在です。