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大企業志向の人間、家族の事情でフリーになる
1985年に生まれた「フリーのアルバイター」という職業は、私の生まれ年にリクルート社によって「フリーター」と略された。あれから30年。当時は先進的な縛られない生き方としてカッコいいとされたのだろうが、私の物心ついた頃には不景気で正規職に就けない人を意味した。
フリーエージェント、ノマド、複業……。時代に合わせて新しい言葉がポップアップしては消えていく。
そして私は残念ながら、時代の最先端を行く彼らの敵だったと思う。「法学部へ入って弁護士を目指したい。けれど私の頭では無理だと思うからせめて民間就職したい」そう小学校の卒論に書いた。現実的というか、夢の小さいガキだった。
そんなガキだが、夢は果たした。法学部からの民間就職。自分の敷いたレールを自分でガタゴト走る幸せ。1回転職したが、その先はホワイト企業。天国だった。このまま人生が続けばいいのにと思っていた。
突然、夫が海外転勤になった。「仕事の方があなたより好きだ」とは思わなかった。とはいえ駐在員の妻として家事に専念する技量はない。「あっちでもできる仕事はないか」と思ったとき、手元にはブログと、執筆を依頼してくださるお取引先があった。えいやっ、とフリーライターになった。こうして私の大企業志向はついえた。
フリーランスは、ホワイト企業より素晴らしかった
フリーランスになって今日にいたるまでの感想を一言でまとめると「楽しくて仕方がない」だ。といっても本稿では、ビジョン、夢、やりたいことといったキラキラしたことは一切言わない。ただシンプルに、年収が上がり、ワーク・ライフ・バランスが改善したからだ。
会社員を辞める前に勤めた企業は、残業は月に20~30時間のホワイト企業だった。とはいえ外資系企業だったから年収も悪くなく、しかも経費は比較的自由に使えた。取引先への移動はタクシーが基本だったし、会社の飲み会もほとんどない。そもそもが天国のような職場だったので、これ以上の環境はないと思っていたのだ。
あった。フリーライターの暮らしだ。
フリーランスになってからの私は、好きな時間に寝て好きな時間に起きる。会議や接待がなければ完全に自由だ。
平均労働時間は1日8時間前後と、残業のないオフィスワーカーと同じである。そして会社員時代よりも時給は高い。経費が自分の売上から上がるのだけがネックだが、そもそも引きこもりが多いライターにとって、取材以外で大きなコストはかからない。取材経費を媒体さんが負担してくださることも多い。
好きな時間に働けるので、夫と同じタイミングで夕飯を食べられるようになったのも嬉しかった。前職も不定期とはいえ、始業を遅らせる代わりに終業も遅いときがある。しかしフリーになった今は、それも自分次第だ。苦手な経理業務はしんどかったが、便利な会計ソフトに救われた。ライター仲間もできて、友達が増えた。
一抹のうしろめたさ
一方で、一抹の後ろめたさもあった。なぜ自分がここまでフリーランスを楽しめているかを理解していたからだ。
私は会社員時代、マーケティングを専門としていた。広告代理店を通じてインフルエンサーを探してもらい、自社のPR記事を依頼する立場だった。
その人間が今度はPR文や寄稿記事を書くのだから、クライアントの望むことは理解しやすい。かつて担当した商品があるので、景品表示法も少しだけ知っている。
だから私にとってフリーライターになることは、関連会社への転職くらい近しい変化だったのである。
そして何よりも「社会人ならだれもが知っているマナー」を知っていた。ライターには、会社員経験が少ない方もいる。そして時に、会社員なら絶対に踏まない地雷を踏んでしまう。
振込を滞納しない、感情的な罵詈雑言を言わない、いきなり音信不通にならない……など世間で「当たり前」とされるルールは、あくまで会社員の当たり前である。
そして私は偶然にもライターになる前、会社員をやっていた。そしてライターにしては珍しく、営業や接待も好きだった。
私が仕事をこれまでいただけたのは「この人は会社員と同じルールが適用される」と思われたからだと思う。少なくとも、文才ではない。
フリーになるなら「今の自分を活かせる業種で、会社員時代に稼げてから」
だから私は、フリーになることを好き勝手に勧められない。私よりいくらでも素晴らしい文章を書ける人、取材も神がかってうまい人が「あいさつができない」「敬語が使えない」といった結局は会社員のルールで断罪され、苦しい生活をしているのを知っているから。
この世は会社員のルールに適応できる人間に生きやすくできている、それはフリーの世界でも変わらない。
もしあなたがフリーランス志望なら、一番成功に近づけるのは現職で培ったスキルを活かせる業種だろう。学生なら一度就職したほうがいい。
そして少しずつ副業としてフリーの仕事を行い、会社員の年収を上回ってから独立すればいい。フリーランスへ仕事を発注するのは、いわゆる普通の会社員なのだ。
会社員のルールを熟知したほうが有利なのは、言うまでもないだろう。